カイザーリハビリテーション病院体験

PNFとの出会い

川崎市障害者更生相談所 萩原利昌 

 

  私が初めてPNFを知ったのは、1974年、東京病院附属リハビリテーション学院 の授業でのことでした。講師はカイザー病院のPNF6ヶ月コースを修了した溝呂木 絢子先生で、さっそうとしていて、「これぞ運動療法のテクニックなのだ」と、未熟な 学生ながら感動したことを強く憶えています。 

 幸いなことに、当時、同学院には、ミッシェル・アイズマン先生が常勤講師として着任されていて、PNFやルードの理論など、アメリカ合衆国での理学療法について、多くの情報をいただくことができました。

 学生でもあり、外国旅行の経験などなかった私が、英語辞典を片手にカイザーにPNF6ヶ月コースの予約を希望する手紙を書いたのは、これらのラッキーな条件を考えれば必然だったのかもしれません。1975年のことでした。

 もう一人、私に大きな影響を残してくれたのが、臨床実習で訪れた神奈川リハビリテーション病院で、偶然めぐり合った、スイス人の理学療法士、ダルビック女史でした。彼女は、頸髄損傷の患者さんの運動療法を、すべてPNFで行っていて、特にマット上でのトレーニングは、日常生活に即した、それまで見たこともないバリエーションをもっているものでした。こんな環境で理学療法学科の勉強をしていたら、あなたも、きっと実際に自分の目で見てみたくなると思います。私がそうでした。

 カイザーからの返事は、1979年の仮予約を認めるものでした。そして、この時までに いくつかの証明書をリクエストされました。この証明書の中でTOEFLが一番大変だったのを今でも忘れません。

 ただ、何もわからない中で、PNFコースを受講する準備から、自分だけのわずかな力で、少しずつ新しいことを学んで歩んでいけたことは、その後の理学療法士としての自信につながっていったように思います。苦しみよりも、その先にあるものへの興味のほうが大きく勝っていました。

 月日の流れるのは早いもので、あっという間に1979年、出発です。当時US$が350円くらいだったように思います。ノースウエストオリエント航空、サンフランシスコ直行便です。

 さて、この後は、きっと皆さんの新しい経験の方が、意味があると思います。ぜひ、今のカイザーの様子を、目で見て、肌で感じてきてください。そして、経験を自分だけの閉ざされたものとせず、日本の中で共有していきましょう。

  私も、柳澤先生や今井先生方と、1980年代から日本理学療法士協会主催の現職者講習会でPNFを担当し、多くの理学療法士の方達と交流を持つことができました。また、現在では、日本PNF研究会の中で、ほとんどのPNFコース修了者やPNFに興味のある理学療法士の方々と、研鑽の場を作ることができました。

 日本では、是非、PNFを、開かれた学術の場の中で深めていきたいと思っています。

 

追伸

カイザーに行ってみると、なんと、臨床実習施設であった神奈川リハビリテーション病院の先輩理学療法士であった、乾先生が、前の年の6ヶ月コースを受講していて、本当に驚かされました。

カイザー病院PNF研修の思い出

秋山純和

 

 Kiser Foundation Rehabilitation Centerで研修を受けたのは、かれこれ20年近く前のことである。それまで一度も外国に行った経験がなく、カイザー病院のあるカリフォルニア州バレイホウを地図で調べても異国の果てに思えた。今思えば笑い話であるが決死の覚悟で行ったことを思い出す。カイザー病院での研修が始まっても、しばらくの間は相当に不安であった。自分の場合もそうであるが臨床家が良い治療を求めるように神経筋促通法(PNF)が学べたら対象者の役に立つだろうとの思いから研修を受けた。研修を受け驚きとともに感動したことは、カイザー病院PTスタッフのPNF技術水準の高さであった。PNFは神経生理を基にDr.Kabatが創始したものである。PNFと神経生理は、車の両輪のようなものと信じていた。カイザー病院での研修が始まると講義は少しあるが実技が主であった。学校における臨床実習等を等してPTは神経生理学など基礎医学を抜きにして治療技術は困難と考えていたが、その思いは吹き飛んでしまった。もっとも数ヶ月を過ぎる頃には、再び神経生理や運動学は必要であると感じた。いずれにしても技術の習得に専念した。はじめの3ヶ月間は、基本的な技術の習得であったが、後半以降に評価を行いどのように治療を行うかという研修プログラムがあった。後の3ヶ月は、スーパーバイザーの指導の元に対象者を担当して治療を実践するものであった。

 帰国後、しばらくしてPT養成校でPNFを教授するようになった。臨床において対象者にPNFを実施するとき、難しさとともに感動があるように、学校カリキュラムの一部としてPNFを指導する場合にも難しさと楽しさとを知ったように思う。カイザー病院での経験を他のPTの方と共有したいと思う。その感動とすばらしさを伝える意味は、PNF技術の確かさ、PNF応用の確かさ、PNFの根拠、PNF実施における科学的な態度と言い直すことができるように思う。そのためには自分自身が臨床実践をすること、他の人達と勉強を続けること、PNFに関する研究をすることのように思える。現在、国際医療福祉大学に勤務し、理解ある学科長に恵まれ神経筋促通治療学という科目として学生にPNFの授業、紹介を行っている。さらに興味を持った学生が、卒業研究や大学院でPNFに関する研究を毎年のよう行っている状況がある。PNFの普及に貢献した人達は、もちろんPNFを創始したDr.Kabat、そして共同開発者であり応用に貢献したPT.Knott、さらに成書としてまとめたPT.Vossの3人であろうと思う。自分は学校に勤務しているので、現在の役目は主として、学生に対して糸口としてPNFを紹介すること、だれにでもわかる言葉として理解して貰えるようPNFに関する研究をすることだろうと思う。この意味で日本PNF研究会において、諸兄ともにPNFを学び、研究を行うことができれば最大限幸せなことであろうと感じる。

PNF3ヵ月コースを受講して

宮崎恭宏

 

 私は、ちょうど10年前1993年4月にKaiser Foundation Rehabilitation Centerで、PNF3ヶ月コースを受講した。私は、コースを受講する前にアメリカでの生活に慣れる為に、2週間、受講する前に習っていた英会話の先生のご両親の家にホームステイした。サンフランシスコ空港について、予約していたレンタカーに乗り、日本で書いてもらった手書きの地図を片手に、4時間あまり車を運転して行ったのを覚えている。やっと到着したと思いきやホームステイ宅は留守、電話をかけても不在で、不安に駆られながら近くのモーテルで宿泊手続きをしてアメリカでの初日・一泊目を迎えた。(結局伺う時間の連絡ミスで留守だった。)このようなハプニングあり、心温かいフレンドリーなご両親と2週間過ごした後、私のPNF3ヶ月コースは、スタートした。

 

 コース初日より患者様のGait ex.を担当したのは少々驚いた。もちろん私は、PNFに興味を持って、日本では研修会に参加したり、文献や本で勉強をしていたから、PNFコースを受講したのではあるが、もう少しコースを受講して担当するもんだと思っていたからだ。当初は、受講生全員、殆どPNFを使わずに、PTを行っていたのが印象に残っている。おおまかに最初の1ヶ月は、理論と基本的パターン、それから特殊テクニックやMat ex.ADL ex.を2ヶ月目に、その後半より3ヶ月終了まで評価と治療を中心に行っていき、その間徐々に患者様を担当するコマ数が増えてきたのを記憶している。ランチタイムや発表という場でスーパーバイズは受けた。コースを通して、PNFテクニックの習得に関して、今までの自分のテクニックの未熟さと勘違いを感じ、日々十分な時間を取って練習することの重要性を痛切に感じた。コースデュレクターのPT.Mongold(Hink) の“PNFパターンは、太極拳に似ている。自然な重心移動により、見た目に美しくきれいにパターンを行えた時、PNFテクニックに必要な要素は、うまくいっていることが多い。”この言葉は、当時の私の心を強く捉え、非常にわかりやすい指針を与えられたものだった。このようにコースが進んでいく中で、私は患者様の問題に対して、コースを受講する前の私のようにPNFの基本的パターンだけを行うのでなく、総括的に考察して特殊テクニックを使っていきながら、またADL-ex.のなかでもPNFを行っていくということを確実に習得していくことができた。

 

帰国後、研修会・勉強会・PT養成校の特別講義等で、3ヶ月コースで習得した知識・テクニックを伝達する機会もあり、可能な限り私の経験した全てをお伝えしたいと考えている。また、PNFは固有受容性神経筋促通法なので効果に対する神経生理学的・筋生理学な理論的根拠も重要になってくる。日本はこの点においては論文も多く、科学的に証明しようとする姿勢が強い。日本PNF研究会では、毎年学術集会が開催されており、数々の研究発表がなされ活発な意見交換が行われている。

 

最後に、3ヶ月・6ヶ月コースとあるが、PNFについて時間をかけて実のある研修をする事ができ、アメリカを堪能できるこのようなトレーニングコースはなかなかないと思う。(私はコース終了後、アメリカ観光をして帰国することができた。)私は、是非皆さんもコースを受講して、私が伝えたい経験を自分の経験としていただきたいと願っている。また、PNFをこの研究会をとおしてさまざまな視点から追及していきたいと思う。